日本産内肛動物の文献

丘 浅次郎(1890)相州三浦三崎にて獲たる内尻ポリゾア.動物学雑誌 2(20), 233-237. <PDF(国立国会図書館デジタルコレクション)

日本初の内肛動物の論文であり、1新種を記載している。

Ascopodaria misakiensis nov. sp.

※現在はBarentsia discretaの新参異名として扱われている。

 

当時、Ascopodariaに属する種は5種知られていた。

  • Ascopodaria gracilis Sars
  • Ascopodaria bulbosa Hincks
  • Ascopodaria fruticosa Hincks
  • Ascopodaria discreta Busk
  • Ascopodaria (?) Leidy ←この表記の意味が理解できない

 

これらの中で、A. dicretaに似ているとしながらも三崎産のものを新種として扱うとしている。その理由は、A. dicretaはチャレンジャー号の調査で100-150ファゾム(fathom)の水深から見つかり、またわずか12個体が採れたのみで詳細な観察が行われておらず未だ充分な比較ができないから。

 

なお、丘はこの論文の中で、内肛動物をPolyzoa endoproctaに分類している(注:綴りはentoproctaではない)。

EndoproctaとEctoproctaを合わせたものがポリゾアであり、ポリゾアとBrachiopodaを合わせたものが似軟体動物(Molluscoida)だという分類体系に沿っている。

一方、Hatscheck (1889)がポリゾアからEndoproctaのみを外しスコレシダ(Scolecida)に含めた考えを引用している。丘自身もEndoproctaはEctoproctaと相違が多く、同一の群に含めることに不都合を感じると述べつつ、この論文ではポリゾアの一部として扱うと述べている。

 

その他、興味深い点

・「走根」を「匐根」と称している。

・柄部の根本の膨らみを「體」と称している。

・萼部をポリピッドと称している。

 

 <この論文で使われている体系>

Molluscoida

  Brachiopoda

  Polyzoa

    Ectoprocta

    Endoprocta ※Entoproctaではない

      Genus Loxosoma

      Genus Pedicellina

      Genus Ascopodaria Busk

丘 浅次郎(1895)Barentsia misakieiensis に 就て (摘要 ).動物学雑誌 7(78), 125. <PDF(国立国会図書館デジタルコレクション)>

 

<全文>

Barentsia misakieiensis に就て (摘要)
(第十二版附) 丘 淺次郎

本稿は兼てAscopodaria misakiensis と云へる名を以て本雜誌第二十號に揭載せしものなり、Ascopodaliaい云ふ屬名はChallenger航海後Busk氏の創立せし所なれど其前已に群棲類専門家なるHincks氏は此屬に含まるべき一種の内尻ポリゾアをBarentsiaと名け置きし故此名を取るベきは無論の事なり、依て今回は改名しAscopodariaをsynonymとなせリ、解剖上見る所は歐洲近海に産するPedicellinaと非常に善く似たり、此動物の排泄器は管の如き細胞四五個續きたるものにて其最も内側にあるものは中に炎の如き纖毛を合む事恰も無腔蠕蟲にて見るものに異らず、


圖解 第一圖 群鉢の一部 十五倍 第二圖 一個鉢 八十倍 第三圖 柄の下端にある肉部 八十倍 第四圖 柄の橫斷面 第五圖 一個鉢の中央縱斷面 八十倍 第六圖 一個鉢の顔面平行縱斷面 八十倍 第七圖 一個鉢の橫斷面 八十倍 第八圖 排泄器の出口

Oka, A. (1895) Sur la Barentsia misakiensis. Zool. Mag. 7(78) 76-86, pl. 2.

自身で新種記載した三崎産の群体性内肛動物Ascopodaria misakiensisBarentsia misakiensisとしてフランス語で再記載したもの。


 鳥海 (1944)汽水産苔蟲類について.動物学雑誌 56: 20-25.

松島湾沿岸の汽水域から獲られた4種の苔蟲類の報告。そのうちの内肛動物として1種 Barentsia benedeniの報告が含まれている。図には成体だけでなく幼生のスケッチもありかなり詳細に観察していることが分かる。

 

  • 塩分が14.5‰くらいの汽水中で採集された。ただし、本種を海水に移しても平気であることから、付近の海中にも生息するもかもしれないと述べている。
  • 幼生は5-11月に生じる
  • 冬芽と思われるもの(直径0.25-0.35mm)ができる。

 

この論文では国内から既知の内肛動物は2種

  • Barentsia discreta
  • B. gracilis

としながら、”朴澤教授”が以下の内肛動物を採ったと書かれている(記載は文章も図もなし)。

  • B. discreta
  • B. laxa
  • B. gracilis?
  • Barentsia sp.(恐らくは新種)
  • Pedicellina cernua
  • Loxosomatoides sp.(恐らく新種)

これにより、日本産のBarentsiaは種名が明らかになったものが4種となり、内肛動物全体としては8種が生息することが分かったとしている。

 

<この論文で使われている体系>

内肛動物 Entoprocta

ペデケリニ科 Pedicellinidae ※変わったカナ表記

Toriumi, M. (1949) On some entoprocta from Japan. Science reports of the Tohoku University, 4th Series (biology).18 (2): 223-227.

 

東北沿岸から5種(うち2種が新種)の内肛動物を記載している。

  • Loxosoma shizugawaense n. sp.
  • Pedicellina cernua
  • Barentsia discreta
  • Barentsia laxa
  • Barentsia hozawai n. sp.

1941-1945に採集されたもので、5種目はHozawa氏によって採集されて著者に送られたもの。他は著者が採集したもの。

L. shizugawaenseは国内から初めての単体生内肛動物の報告。本種は太平洋沿岸に比較的稀であると述べられているが、この後、紺野も見つけている(Konno, 19xx)。伊勢戸も未報告ながら志津川湾で見つけているが、水深数メートルのアラメの根本に比較的簡単に見つけることができたため、むしろ普通種である と思われる。

 

<この論文で使われている体系>

Order Pedicelliineae

  Family Loxosomatidae

    Genus Loxosoma

  Family Pedicellinidae

    Genus Pedicellina

    Genus Barentsia

Toriumi, M. (1951) Some entoprocts found in Matsushima Bay. Science reports of the Tohoku University, 4th Series (biology).19 (1): 17-22.

 

松島湾から獲られた、1新属、4新種を含む8種の内肛動物の報告。

8種ながらかなり多彩な内肛動物を含み、内肛動物の分類では重要といえる論文である。B. matsushimana はこの後、海外からもよく報告がある種である(本当に同一の”種”なのかは分からないが)。Pseudopedicellinaも海外でもよく使われている属である。

B. matsushimanaについては休芽もスケッチを載せている。


Order Pedicellinida ※今では使わない分類群

  Family Loxosomatidae

    Genus Loxosoma

Loxosoma studiosorum n. sp.

  Family Pedicellinidae

    Genus Loxosomatoides

Loxosomatoides japonicum n. sp.

    Genus Pseudopedicellina n. gen.

Pseudopedicellina mutabilis n. sp.

    Genus Barentsia

Barentsia laxa

Barentsia discreta

Barentsia genuculata

Barentsia matsushimana n. sp.

Barentsia benedeni

Yamada, M. (1956) The fauna of Akkeshi Bay XXIV. Entoprocta. Jour. Fac. Sci. Hokkaido Univ. Ser. VI, Zool., 12: 237-243.

 

3新種を含む、5種の内肛動物の報告。

  • Loxosoma okudai n. sp.
  • Loxosoma akkeshiense n. sp.
  • Pedicellina ichikawai n. sp.
  • Barentsia discreta (Busk)
  • Barentsia gracilis Sars


Loxosoma okudai n. sp. について

付着器官(足)の構造は明確でないが、Fig. 1(スケッチ)で吸盤状に見えるのでLoxosomaで良いだろう。芽体の付き方も何となくLoxosomaっぽい。ただし、著者は付着直後の幼生が大量に付着しているのを見て、これには柄部と足線もあったと言う(Fig. 2:スケッチ)。この足腺がLoxosomaのものとは思えない形状である(柄部に沿って長い)。幼生からの変態過程でのLoxosmaの足の形成について未知であるので判断が難しいが、そもそも著者が観察した”付着直後の幼生”が本当に本種のものなのかが気がかりである。


Loxosoma akkeshiense n. sp. について

明瞭な足腺がある(Fig. 3)ことから本種がLoxosomaであるとは思えない。Loxosomellaとすべきであろう。芽体は観察されていないので、固着前の足の形状は観察できていないが、足腺の形状から明らかであろう

Mukai, H & Makioka, T. (1978) Studies on the regeneration of an entoproct, Barentsia discreta. The journal of experimental zoology 205: 261-276.

スズコケムシを用いた再生実験。

Mukai, H & Makioka, T. (1980) Some observations on the sex differentiation of an entoproct, Barentsia discreta (Busk). The journal of experimental zoology 213: 45-59.

スズコケムシを用いて、性分化と生殖腺の形態を観察した研究。生体観察と組織学的にみている。下田の臨界実験所で行われた。生殖時期をみるために、スライドガラスに付着するスズコケムシを2年に渡って観察した。他の観察は水温が24-26℃の7〜8月に行った。


<結果>

  • 個々の個虫は単性(unisexual)である。卵巣と精巣が同時に見られる例はなかった。
  • 群体は雌雄同体(monoecious)である。つまり、雄の個虫と雌の個虫を含む。雄だけの群体はあったが、雌だけという群体はない。
  • 生殖期間の初期は、雄個虫が雌個虫より多い。ピーク時(8−9月)には、雄は成長している群体の周辺で優占する。性転換が起こることがあるのは萼部が再生する時である。雄と雌の二つの萼部があるモンスターもいくつか見られた。
  • 雄では輸精管は痩せた(atrophied)腺細胞に囲まれる。
  • 未成熟な精巣はしばしば卵黄形成前の卵細胞(previtellogenic oocytes)を含む。
  • 逆に雌では卵巣に精子が見られる。
  • 卵は卵巣で受精し、第一減数分裂の中期で排卵される。※卵巣で受精することは組織学的な観察で卵の成熟を追うことで分かったことのようだ。実際に卵成熟から胚発生の過程を観察できれば、その間に受精していることは明らかだ。Mariscal (1939)も受精が卵巣内で起こることを述べているようだ。
  • 極体形成と引き続く胚発生は前庭(vestibule)で進行する。


日本の出版物の中の内肛動物

いわゆる原著論文を除き、教科書や図鑑等の中に内肛動物が登場するものについて、少しずつまとめていきます。

  • 飯島魁(1918)動物学提要
  • 日本動物研究學會(1950)全動物図鑑
  • 岡田 要, 瀧 庸(編)(1957)原色動物大図鑑<第三巻>[Encyclopaeia Zoologica Illustrated in Colours]. Hokuryukan, Tpkyo.
  • 内肛動物の記述は21-22, 27, pl. 14: fig.2-3にあり。
  • Barentsia benedeni(バレンチア ベネデニ)。汽水産であり、地中海、黒海の他、日本では本州、四国に分布すると書かれている。pl. 14: fig. 2
  • Barentsia discreta(すずこけむし)の解説あり。世界各地沿岸の浅所に分布すると書かれている。pl. 14: fig. 3.
  • 山田真弓(1965)「IV. 曲形動物門」 動物系統分類学
  • 馬渡静夫(1970)「X. 曲形動物(Kamptozoa)」現代生物学体系①無セキツイ動物A 中山書店