日本動物分類学会第45回大会(名古屋港水族館)

2009年6月13日(土)・14日(日)

生物多様性情報の集積と分類学の役割
伊勢戸 徹(京大・フィールド研・瀬戸臨海)


 今,生物多様性の時代と言われ,web 上におびただしい数の生物多様性情報
が集積されている.しかし,分類学的な視点で問題のある形で集積されている
情報が少なくないように見える.もし,我々が,地球上の生物の多様性の全容
を効果的に把握していくことを目指しているのであれば,このままの方法では
やがて破綻するだろう.


 生物多様性情報関連のデータベースでよく問題にされるのが,同定精度であ
る.これは,主に誤同定の問題とされ,分類学者による“正確な”同定が期待
される.しかし,生物の名前は変化するので,誤同定は避けたとしても,その
正確さは持続せず,やがて情報は劣化する.よって,モノ(主に標本)を残す
ことはもちろん,網羅的な情報を効率的に扱うなら,極めてスムーズな情報更
新を仕組みとして備えていることが必要であろう.我々分類学者は,データベ
ースの同定情報の世話を頼まれる前に,分類学の特性を踏まえた情報の流れを
データベースに組み込む必要があるように思う.


 分類学は,これまでは主に成果(既知なる情報)をデータベース化している
(もしくは,他分野のデータベースに提供している)ように思う.しかし,分
類学の成果は情報の単純な累積ではなく,過去の成果が再検討され,そこから
新たな情報が産まれることが多い.だから,“分類学的”なデータベースは成果
を積み上げるだけでなく,研究の場である必要が生じる.分類学は,既知なる
情報と未知なる情報(そして,その間の様々な段階の情報)を同一の仕組みの
上で扱うデータベースをweb 上に構築し,自身の研究もそこで進めていくのが
よいのではないか.


 本演題では,この点をより具体的に論じて,議論のきっかけとしたい.分類
学が生物学の情報集積の基盤をつくっている限り,分類学のためのデータベー
スは,生物学のためのデータベースだと言って良いはずである.分類学の役割
は大きく,そしてその仕事は分類学者にしかできないと思われる.